ここはハイランド大陸の南東に位置する花の都、『エルデスティラ』。
美しい花が咲き乱れるこの街で、はた迷惑な王女様の旅路が始まろうとしていた――。 とある寝室で、その少女はベッドから飛び起きた。桃色の髪は肩につく前に切りそろえられており、髪型からはややお転婆な印象を与えるが、薄着の清楚なドレスに身を包んでいる。彼女こそが国王の愛娘、ティア。エルデスティラ国の第二王女である。 だが今日の彼女はいつもと何か様子が違った。慌しく髪を梳かし、お気に入りの赤いリボンで髪を括り、鏡で身だしなみを幾度かチェックすると、彼女はひとつ深呼吸をする。 (期は熟した……ついにこの時がきたのね!) そして、何かを決意したかのように『それ』を握ると、ティアは部屋から飛び出した。早足で城の長い廊下を駆け抜ける。大理石の床に慌しいヒールの音がこだまする。 『城内は走るな。王女たる者身だしなみは整え、気高く振舞うこと』 それはティアが何度も何度も教育係から言いつけられていた言葉。だが今の彼女の頭に、そんな過去の言葉は関係ない。右手に握る『それ』に力を込めると、ティアはとある部屋へと急ぐ。 向かうべくは――父上の部屋。 ◆ 「ティアも立派な王女に成長したもんじゃ……」 部屋に飾られている『ティアちゃん成長期』という名の写真をひとつひとつ眺めながら、部屋の主はしみじみと呟いた。 彼こそがエルデスティラ国王。ティアの実の父親であり、またの名を親バカと言う。 当然この親バカ国王に「今のティアのどこがどのように成長したんだよ」などと言う突っ込みは通じない。なんたって、親バカなのだから。ティアは彼にとって「目に入れても痛くない。むしろ気持ちいい!!」娘であった。 物思いにふける彼の部屋に、少し遠慮がちなノックの音が響く。ティアだ――ドアの前にたたずむ人物を、国王は(愛の力で)悟った。 「入ってきなさい、ティア」 「はい。失礼します、お父様」 静かに入ってきた少女は、国王に向かって小さく微笑んだ。それは傍から見れば何気ない微笑。だが国王を悩殺するには十分なものだった。内心萌えている国王など気に留めず、ティアはずいっと、国王に顔を近づける。 「あのね、私……お父様にお願いがあって来たの」 「な、なんだい? ティア」 目の前には上目遣いでもじもじしているティア。そんな幼さが残りつつも少し艶っぽい雰囲気の娘を見て、国王はゴクリと固唾を飲み込んだ。 「えっとね」 何かを伝えようと、しかし言いづらそうに、ティアは言葉を濁している。……その時、国王はティアが背中に『何か』を隠していることに気がついた。 「ティア? 後ろに隠している物はなんだい?」 「! こ、これは……」 「ははは、私にも見せられないような物なのかい? 大丈夫。私はティアの私物ならなんでも――」 そこまで言った所で国王の言葉は途切れ、同時に身体が崩れていった。なぜならば――愛娘に殴られていたのだから。 ぜぇはぁと全身で息をする。そして国王が気絶したのを確認すると、ティアは嬉しそうに微笑んだ。 「ごめんねお父様! 大丈夫、みねうちだから」 さわやかな笑顔のまま国王を見下すティア。その右手には金属バッド。 「だって早く『王子様」に会いたいんだもん! そのためには旅に出なきゃ」 なぜ実の父親を金属バッドで殴ったのか。その理由はティアの幼少期まで遡る。王子様。それはティアが幼い頃に、この辺りでは名高い占い師から告げられた未来だった。 『ティア王女は将来、素敵な男性と恋に落ちることでしょう』 『本当に? 私が、素敵な男の人とっ??』 『ええ。そしてその愛は永遠。その男性とティア王女は一生幸せな家庭を築けるでしょう……』 たったそれだけ。だが、夢見がちなティアはそれからというもの、予言の『王子様』の登場に胸をときめかせながら日々を送っていた。 しかしティアのもとに予言の『王子様』は一向に現れない。そこで彼女は思ったのだった。 (まさか王子様は悪い魔王に捕まってしまったんじゃ! だから私を迎えに来れないのねっ!?) ……と。 (助けに行きたい。だけど、抜け出してもお父様にすぐバレるだろうし……) その時、お忍びの際によく使っていた金属バッドが視界に入った。ティアは何かを企むとニヤリと笑い、それを手に取る。 (よ〜し、こうなったら急行突破よ!! お父様の目さえ眩ませれば城から抜け出せるかも!) ――こうして、今に至るわけだ。 国王を見事気絶させることに成功したティアはそそくさと旅の準備をする。 この日の為に用意した大き目のリュックサックには財布はもちろん、街に出ても王女だとバレないよう変装セットまで入れてある。あとはそうだ、折角国王を気絶させたんだから国王のへそくりも持っていこうか……とティアは国王の引き出しをガサゴソと漁ると札束を手に取った。これで旅費の心配はいらないだろう。 さぁ今度こそ旅立てるはずだ!ティアは意気揚々と立ち上がった。 「これでようやく王子様探しの旅に出発できるわね。さぁ! いざ未知なる世界へ――」 その時。 「どちらへ行かれるんですか? ティア様」 「ぎくっ」 いつからいたのか、不意に背後から声を掛けられる。 ティアがあわてて振り返ると、そこには見慣れた従者の青年がふしぎそうな顔で立っていた。 |